【宣戦布告】一点突破を辞めて、スイッチヒッターになります!

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私と“一点突破”との出会い

突然ですが、ランチェスター戦略という言葉をご存知でしょうか?戦闘の数理モデルを指す言葉ですが、私がこの言葉と出会ったのは、新丸ビルの10階でした。丸の内 西岡塾というビジネススクールでお手伝いをしていたときに、軍事知識としてではなく経営手法の一つとしてこの概念を学んだのですが、ランチェスター経営(競争弱者によるマーケティング戦略)という考え方に強く共感できました。

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ランチェスター経営の極意、それは上記の本題でもある「一点突破の概念」でした。自分の長所を活かした差別化を考え、削れるコストは削り、力を一点に集中させて全力を尽くす。これこそが弱者の取るべき戦略であり、個人が大組織の中で生き抜く術であり、セルフブランディングのコツであると、至る所で学んできました。

一点突破という概念に出会ったのは、大学一年の頃でした。初めて受けた大学の授業が「自分経営」という少し怪しげな授業だったのですが、この授業が私の人生を劇的に変えました。大学受験こそが全てだと信じ込んでいた当時の自分の「タコつぼ」を、先輩や授業の仲間たちが丁寧にぶち壊してくれたのです。

そして、自分の素とはどのようなものなのか、「素ダコ」を見つけようとして3年間悩んで出た答えが、国際協力という道を歩く現在の自分でした。

そんな私の人生を変えた授業の講師が上記本の著者である友成先生でした。そして、友成先生の座右の銘の一つが「一点突破」であり、「自分経営」の極意だとも述べられていました。実際、先生の授業の受講者には一点突破を貫き、全国に名を轟かせた先輩や同期たちがいましたが、正直に告白すると、私は一点を貫いたことが一度もありませんでした。

二兎を追い続けてきた15年間

「野球」と「サッカー」の小学校時代

思い返せば、私が初めて大きな決断を迫られたのは、小学校4年生のときでした。当時、地元のサッカークラブに所属していたのですが、体力強化と友達との共通の思い出が欲しさに、小学校の野球少年団に入りました。

始めたばかりはどちらも楽しかったのですが、練習量が増すにつれ、体が徐々にキツくなりました。さらに土日に試合が重り、どちらかを欠席することが増えていきました。「どちらかを捨てろ!」とサッカー、野球の両監督に厳しく言われましたが、サッカーのセレクション(昇格試験)でジュニアユースへの道がなくなる6年生の中盤までどちらも必死に続けました。

「野球」と「勉強」の高校時代

今後一ヶ月で成績が落ちたら、勉強か野球のどちらかを辞めてもらいます。

これは高校が始まって3日目に、突然学校に呼ばれた親が担任の先生からもらった言葉でした。野球と勉学がどちらも県内有数の学校でしたが、理数科(いわゆる特進科)に席を置きながら、野球部に入部したのは、学校が設立されて以来、私が初めてのことだったそうです。

厳しかったのは先生だけではありませんでした。野球部のOBの方々からも避難され、名前も知らない理数科の先輩から叱られもしました。それでも、クラスや野球部の仲間たちに助けてもらいながら、3年間一度も辞めようとは思わず、最後まで両方を貫きました。

「○○」と「●●」の大学時代

大学のときは、常に何かを選択しなければという危機感がありました。起業と塾講師のバイト、サークルとゼミ、旅とサークル、インターンとゼミ、大学4年間、常に何かを切り捨てる必要性を感じていました。ただ、形式的には離れたとしてもどこか心の底に悩みや想いを抱えながら、二つ以上のことを同時に進めようとする自分がいました。

二兎を追って失ったものと得たもの

小学生から現在に至るまで、何かと複数のことを同時に進めようとしてきました。“一点突破”の重要性を感じつつも、何か一つのことのみに全力を費やしてきたことはなかったのです。こんな15年間を歩いてきて、失ったものと得たものがあったので、ここで整理します。

失ったもの

まず、目標は達成できないことの方が多かったです。甲子園出場をはじめ、多くの目標がありましたが、実際に実現したものはホンの一握りでした。後でこの考え自体を否定しますが、一点突破していれば叶った目標もあったかもしれません。

また、友達や仲間と共有する時間もいくらか失いました。信頼を失ったことも、辛い別れをしたこともありました。

以上を一言でまとめると、何度も心が壊れそうなほどの絶望を味わいました。ただ、これに関して言えば、「希望を失った」のではなく「痛みを乗り越える強さを得た」ものだと思っており、結論としては全て「得たもの」に内包できると思っています。

得たもの

上記に挙げた得たもの以外にも、まだまだ手に入れたものは沢山あります。

まず、幅広い友人を得ました。休日は家から出ない友達も、逆に家には決していない友達もいます。バリバリのサラリーマンの友達もいれば、自称ノマドの旅ライフを送る悪友もいます。どれも二つ以上のことに挑戦しようと思わなければ決して出会わない人たちでした。

また、彼らの影響もあり、考え方の幅が広がった気がします。スポーツの魅力も深夜アニメの魅力もどちらも大切な友人から教わりました。国際協力とは無縁のビジネスの世界にも魅力を感じています。こういった考え方や受け止め方も、やはりこれまでの出会いなくしてはありえません。

最後に、二兎を追う事で、多くの感動を味わいました。考えれば単純なことですが、やりきったものが二つであれば、二倍の喜びが得られることもあります。

私の場合は高校時代が良い例にあたります。野球部の仲間たちから「お前がいたから勉強も頑張れた」と言われ、理数科の友人たちから「お前がいたから部活も頑張れた」と言われました。「もう死んでも悔いはない」と思えるような幸せを何度も何度も味わってきました。

だから、失ったものは多くても、得たものの方が何倍もあったと胸を張って私は宣言できます。

“一点突破”から“スイッチヒッター”へ

二兎を追う魅力を実体験から理解していながらも、「この考え方はやっぱり間違っているのでは?」とまだまだ悩む事があります。片方のことが上手く行かないとき、もしくは大切な何かを失ったとき、「今度こそ一つに絞るべきではないか?」と頭と心を掻き乱します。

それでも、新しい発見や出会いに魅了され、今の自分にはないものに惹かれていく、このワクワクする気持ちはどうしても捨てたくないという声が、心の一番底から毎回聞こえてきます。

そして、こういう時ほど大切な人が私の背中を教[email protected][email protected]を教えてくれました。

スイッチヒッターでBLOGを書いていくというのは
アリだと思っています。更に言えば、異なる要素が重なるところには新しい価値が生まれる可能性があります

実際にこのとき相談したのは、ブログ(日々のアウトプット)の内容として「(ICTやライフハックによる)教育」と、「(開発の舞台としての)バングラデシュ」のどちらに力点を置べき、とい[email protected]腑に落ちる言葉でした。

 私自身、忘れがちだったのが、イノベーションは異なる要素の組み合わせから生まれる事が沢山あります。「執行役員」と「新人職員」がぶつかり合うホンダのワイガヤ文化、「途上国」から「世界に通じるブランド」を目指すマザーハウス、「アジア最貧国」に「衛星予備校」の概念を持ち込んだe-Education、のように私の身の回りには面白い組み合わせが沢山存在していました。そして、こんな組み合わせ(イノベーション)との出会いこそ、私の好奇心が最も満たされる瞬間であることに気がつきました。

だからこそ、これからも二足の草鞋を履き続けていこうと思います。そのために、これまでの自分の二倍は努力しようと思います。右打席に入っても左打席に入っても、最高の結果が出せるように、もっともっと精進していこうと思います。

ということで、結論ですが・・・

“一点突破”を終了します。
そして、
“スイッチヒッター”を始めます。

以上、今まで以上のスピードで走っていくつもりですので、また懲りずに転ぶ事もあるかと思いますが、温かくご指導ご支援いただければ幸いです。今後もどうぞよろしくお願いします。

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